東春近小学校校歌

 
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一  それ(ひんがし)の (はる)(ちか)
      希望(のぞみ)(ひかり) (かがや)けば
   (あした)(はえ)の 永劫(えいごう)
      我が学舎(まなびや)を 包むかな

二  (あま)そそりたつ (こま)()
      ()()天竜(てんりゅう)の (よど)みなく
   (きよ)()(だか)き (こころ)もて
      (いさ)健児(けんじ)の (さけ)()

三  山河(さんが)(ひい)ずる ()(きょう)は 
      天地(てんち)正気(せいき) ()()ちて
   此処(ここ)(われ)()の (ちから)()
      此処(ここ)(われ)()の ()(おど)

四  嗚呼(ああ)(とこし)えに ()きんとて
      雄々(おお)しき(あゆ)み (たゆ)みなく
   (よろこ)(つど)六百(ろっぴゃく)
      健児(けんじ)(ひとみ)に (ひか)りあり

○作詞者、作曲者の紹介
(1)作詞  飯島源五郎

明治15年西春近沢渡に生まれ、伊那小学校に奉職、対象2年より昭和4年まで東春近小学校に在職された。
和歌や歴史を好み、たくさんの歌をつくられた。
(2)作曲  清水勝蔵

明治25年伊那町に生まれ、東京音楽学校に学び、大正7年から教職に就いたが、体調を崩し昭和7年に40歳の若さで亡くなられた。
本校の他には弥生が丘高等学校、西箕輪小学校などの校歌も作曲している。

○校歌制作にまつわるエピソード

 大正7年頃より本校は運動において、郡下に誇る成績を上げていた。そういう時にぜひ校歌をほしいという気風が高まり、全職員に歌詞の募集を行った。そして大正769日の職員会で、飯島源五郎先生の作られた詩を批評し合って精選し、伊那高等女学校教諭清水勝蔵先生に作曲を依頼した。79日に校歌として制定され、以降、行事のある度に歌われ、全校ダンスに振り付けられたり運動選手団の送迎には楽隊によって演奏されたりした。制定以来、親から子へと校歌は歌い継がれ、今でも東春近地区の方々は声をそろえて歌うことができる。